元プロ野球選手の城島健司さん。
強打の捕手として、日本球界に名前を残し、メジャーリーグにも挑戦しました。
そんな城島健司さんについてまとめてみました。
プロ入り前の城島健司
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城島健司さんは、4歳の時に王貞治さん(読売ジャイアンツ)の引退の挨拶を見て、プロ野球選手に憧れを持ったそうです。
小学校4年生で少年野球チームで野球を始め、当時のポジションも捕手だったそうです。
高校時代に70本塁打を記録
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高校は別府大学付属高校に進学。
当初は隠していましたが、強肩を見込まれここでも捕手に指名されています。
この頃から、「これまでにない、打って守って走れる捕手を目指す」と、決意を固めます。
高校では、1年の時から4番を打ち、高校通算70本塁打を記録しています。
しかし、甲子園出場は叶いませんでした。
ダイエーホークスに入団し、プロ野球選手になる
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城島健司さんの希望球団は、巨人でした。
その為、東都大学リーグで力をつけることに決め、駒澤大学への推薦入学を取りつけていました。
さらにプロ入り拒否を表明します。
しかし、本心は進学ではなくプロ入りだと読んだ福岡ダイエーホークスが、1994年のドラフト会議当日に1位で強行指名。
城島健司さんは、憧れの人物である王貞治さんが、ダイエーの次期監督に内定していることを知り、その後、王貞治さん本人から口説かれたことで、ダイエー入りを決めました。
プロ入り当初は評価が低かった
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城島健司さんは、入団当初、打撃は非凡な才能を見せていました。
しかし、ワンバウンドの投球を捕球することができなかったりと、捕手としての評価は低かったそうです。
王貞治監督も捕手にこだわりはなく、一塁手にコンバートする意向を示していました。
後の公式戦で、城島健司さんは一塁を守っていたこともありました。
1997年からレギュラーに定着
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1995年、1996年は2軍で過ごしますが、捕手としての英才教育を受け、着実に成長していきました。
迎えた1997年の開幕戦には、1軍のレギュラー捕手に抜擢されています。
同年のオールスター戦にもファンと投票捕手部門1位で選出されています。
しかし、配球についてはまだまだなところがあり、特に工藤公康投手からは、試合中に配球について問い詰められたり、ベンチ前で説教されることが度々ありました。
後に、城島健司さんは「あれがあるから今の自分があるという気がする」、「工藤さんには本当にいろんなことを教えてもらった」と話しています。
その後は正捕手として活躍
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城島健司さんですが、1998年は不振に苦しみますが、1999年は初の全試合出場を果たし、打率.306(リーグ3位)を記録し、球団初のリーグ優勝・日本シリーズ制覇に大きく貢献しています。
2000年は、右手の骨折もあり、84試合出場にとどまりましたが、チームはリーグ2連覇。
日本シリーズ制覇は逃しましたが、城島健司さんは日本シリーズに出場し、4本塁打(シリーズタイ記録)を放ち、シリーズ敢闘賞を受賞しました。
2003年には、キャリアハイの打率.330(リーグ6位)、34本塁打(リーグ3位)、119打点(リーグ2位)の成績を残し、球界を代表をする捕手に成長。
チームの優勝、日本一に大きく貢献しました。
FA権を行使し、メジャーリーグへ
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城島健司さんは、2005年オフにFA権を行使し、米メジャーリーグのシアトル・マリナーズに移籍しました。
捕手としては、初の日本人メジャーリーガーが誕生しました。
契約は、3年で1,650万ドルでした。
日本とメジャーのリードの違いに苦しむ
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2006年のメジャー1年目は、打率.291、18本塁打、76打点の成績を残し、強打の捕手は健在でした。
しかし、「打者が打てない確率の高いボールを投手に投げさせる」という日本のリードと、「投手に一番投げたいボールを投げさせる」というメジャーのリードとの違いに苦労しました。
捕手のサインも、日本では捕手が主導権を握っている傾向が強いが、メジャーでは捕手が投手に従う傾向が多かったため、マリナーズの投手陣が城島健司さんのサインにうなずかないことも度々見られました。
得意の打撃もケガの影響などもあり、不振に苦しみました。
出場機会も減っていき、2009年オフにはマリナーズを退団することになりました。
阪神タイガース入団し、日本球界復帰
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城島健司さんですが、2009年のマリナーズ退団後は、阪神タイガースに入団が決定し、日本球界に復帰しました。
年俸4億円+出来高払いの4年契約で、背番号は「2」になりました。
2010年には、セ・リーグ捕手最多安打記録を更新
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2010年シーズンは、捕手のセ・リーグ最多安打記録を更新。
これによりセ・パ両リーグの捕手最多安打記録保持者になりました。
また、ゴールデングラブ賞を受賞し捕手として、史上初のセ・パ両リーグでの受賞となりました。
2011年からはケガに苦しみ、2012年に現役を引退
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2011年はケガにより、満足な成績を残せませんでした。
2012年には内野手として試合に出場しますが、思うような活躍が出来ず、同年9月28日に引退を表明。
日米通算2000安打まで残り163本での現役引退となりました。
現在はタレントして活動
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現在の城島健司さんは、現役引退後は球界から距離をおき、タレントとして活動しています。
趣味が釣りということもあり、故郷の長崎を中心に、釣り番組にも出演しています。
今後の城島健司は?
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城島健司さんは、野球界から距離を置いているので、解説者や指導者として、野球関連の仕事をする可能性は低いように思えます。
釣り人としての評価も高いことから、今後は釣り関連の仕事をしていく気がします。
今後の活躍に期待しましょう。
城島健司
城島健司オフィシャルサイト:http://www.joh-kinenkan.co.jp/
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