王貞治の現在。引退理由や監督としての実績。死亡説や再婚の噂は本当?

戦後の日本を代表する偉大な野球選手であり名監督と言えば王貞治さんです。

選手としてだけでなく監督や人間性の素晴らしさからも尊敬を集めています。

今回は偉大な野球人・王貞治さんの現在と華麗な経歴を見て行こうと思います!

王貞治さんのプロフィール

出典:mainichi.jp

王 貞治 (おう さだはる)さんは1940年5月20日に現在の東京都墨田区で生まれました。

王さんの父は中国人で母は日本人の家系なので「中華民国籍」であり、中国語での名前の読み方は (ワン・チェンジー) だった事から「ワンちゃん」と親しまれています。

中学生の頃には身長が約175cmあって肩幅も大きいなど恵まれた体格の持ち主だったそうです。

本所中学校から早稲田実業高校・商業科へ進学し、高校では野球部に所属して1年生の夏からレギュラー入りをするなど才能の片鱗を見せつけ、一躍知られる存在となりました。

台湾人ではなく中華民国人

王さんは“中華民国国籍”であり、よく中国人 (中華人民共和国) や台湾人と誤解されますが、厳密に言えば今の中国が成立する前の国家政府の「中華民国」の国民です。

王さんは自身の国籍や今後ついて次のように語っていました。

中華民国籍の在日中国人として生涯を全うした父親の遺志を尊重している。

国際的に有名になった現在、「日本国籍を取得」「中華人民共和国籍を取得」「生涯中華民国籍であることを宣言」のいずれの行動も政治的意味を帯びてしまう

引用:情熱大陸

また、海外メディアからの「あなたは日本人ですか?」の問いには

「父は中国人だが、母は日本人です。私は生まれた時より日本で育ち、日本の教育を受け、日本のプロ野球人として人生を送ってきました。疑うことなく日本人です」

と答えており、以後は国籍の話題について触れられる事はほぼ無くなりました。

 

世界記録となる868本のホームランを記録

王さんは巨人に入団後は4番打者として活躍し、1977年9月3日のヤクルトスワローズ戦でメジャーリーグ記録 (ハンク・アーロン選手) を抜く756号ホームランを達成しました。

1978年には前人未到の通算800号を達成するなど他の追随を許さない成績を重ねますが、本塁打王のタイトルを逃すなど緩やかに選手としての衰えが見え始め、1980年に助監督就任を要請された事もあり現役を引退しました (通算868号HR)

1977年9月5日に国民栄誉賞の第1号として決定していました。

引退理由について

1980年11月4日に王さんは現役引退を表明し、22年に渡る選手生活を終えました。

引退理由は前述の「助監督就任要請」も一因としてありますが、王さんの中でより大きな原因になったのは「野球選手」としての衰えを痛感した事でした。

「王貞治としてのバッティングができなくなった」

「後楽園球場での中日との試合で、先発した戸田君の球がものすごく速く見えた。前の自分なら打てるはずの球が打てなくなったので”ああ、俺ももう御仕舞いかなあ・・”と思った」

ちなみにですが、現役最後の年も30本のホームランを記録していました。

普通なら立派な成績ですが、それでは許されないのが大打者としての責任なのでしょうね。

 

監督としての実績

出典:スポーツブル

引退後の1981年から3年間巨人助監督を務め、1984年に巨人の第11代監督就任しました。

巨人では5年間でリーグ優勝1回 (日本一は無し)と周囲の期待を裏切る成績に留まり、最終的にはフロントから責任を問われる形で辞任に追い込まれました。

福岡ダイエーホークスの監督

1994年10月12日に福岡ダイエーホークスの監督に就任しました。

14年間でリーグ優勝3回 (日本一は2回)を達成しますが、古巣の巨人とは違って戦力的には大きく劣っていたチームを育てつつ勝たせた実績は誇れるものでした。

10年もAクラスを獲得するなど輝かしい成績でしたが、最終年度 (2008年) は最下位に転落してしまうなど不本意な結果となり、体力的な理由もあって監督を退任しました。

 

王貞治さんの現在

出典:BIGLOBEニュース

監督職を退いてからの王さんは野球教室や球団経営などに携わっている様子でした。

さらに多くの病気や再婚など波乱に満ちた私生活についても見て行こうと思います!

ソフトバンク球団の会長に就任

王さんは2008年10月8日にソフトバンク球団取締役最高顧問に就任し、翌年1月1日から球団取締役会長兼GMに就任してチーム全体と球団の補強などを任されました。

さすがに経営面は専門家に任せており、主にドラフトや外国人選手の獲得について助言をしており、長期的な視点からチームの補強・編成について責任を負っています。

その他にも日本プロ野球名球会や読売巨人軍OB会の顧問も務めていました!

死亡説が流れるほど病気を繰り返す

出典:ベースボール速報

王さんはソフトバンクホークスの監督時代の2006年に胃がんの手術を受けていました。

年2回ある定期健診の胃カメラ検査で発覚したらしく、シーズン中でしたがチームを離れ治療を受ける事になり、7月18日に慶應義塾大学病院で腹腔鏡下手術により胃を全摘出しました。

これにより食事量が減り痩せて行ったそうですが、元々は大食いだったそうです!

2009年9月21日には腸閉塞と胆嚢摘出手術を受けていました。

さらに、2018年の夏には肺炎で極秘入院していたと報じられ心配されましたが、大事を取って入院しただけで症状としてはそれほど重くなかったので安心しました!

78歳で料亭の女将と再婚

出典:フライデー

2018年6月1日に王さんは老舗料亭の女将である一般女性 (60歳)と再婚を発表しました。

2001年に35年間連れ添った前妻の恭子さんを胃がんで亡くしており、王さん自身も同じ胃がんで闘病生活を送っていましたが、支えとなったのが今の奥さんだそうです。

「A子さんは福岡の有名料亭のお嬢さんです。20年前ほど前、王さんがダイエー監督時代にその料亭を訪れてからひいきにしていたそうです。そこで女将だったA子さんと出会った。なかなかチームの結果が出ずに落ち込む王さんを、いつもA子さんが励ましていたそうです」

引用:NEWSポストセブン

ふたりは胃がんの看病の頃に友人から恋人へと変化したらしく、それから約10年近く経ってついにゴールインを果たして新婚生活に突入していました!

老いてますます盛ん・・のことわざもありますが、18歳も年下で若々しい新妻に負けないように頑張って欲しいですし、精神的なハリが出る事でより元気な生活を送れると思います!