樋口道也(株式会社ドリーム代表取締役社長)
出典:asahi.com
樋口 道也(ひぐち みちや)さんは1962年に鹿児島県で生まれました。
波乱に満ちた虎たちが多い中、樋口さんは市役所勤務や警察官としてスタートしていましたが、どうしても起業したいとの思いから古本屋を開業しました。
1996年に有限会社ドリームを設立し「ほんだらけ第一号店」を開店しました。
1998年には事業規模の拡大に伴い有限会社から株式会社へ改編していました。
虎としての樋口道也さん
こんな言い方をして良いか分かりませんが、樋口さんは虎ではなく仏だと思いました(笑)
とにかく志願者の可能性や熱意を信じるタイプで、出演した回では早い段階で出資をする事から番組内で「スピード投資男」と呼ばれていました。
準レギュラーの立場でありながら投資をした回数はトップと言われています。
自分の店で本を万引きした青年を警察に渡さず諭し、その青年に店を任せたそうです。
甘いと言われればそうですが・・樋口さんのような社長が居るとホッとしますね(笑)
現在はセミ・リタイアして妻と石垣島へ移住
出典:Twitter.com
現在は愛妻の知恵子さんとセミ・リタイア生活に入ったとブログに記載されていました。
全盛期と比べれば事業規模はコンパクトになりましたが、今では会社を後進に任せて相談役のような立場になっているのかもしれませんね(※現在も肩書はドリームの社長職)
虎たちの中では、ある意味で最も幸せな人生を過ごしているのかもしれませんね!
南原竜樹(オートトレーディングルフトジャパン社長)
出典:AbemaTIMES
南原 竜樹(なんばら たつき)さんは1960年5月29日に岡山県で生まれました。
6歳の頃に名古屋へ引っ込し、以後は名古屋や愛知県内を活動拠点としました。
24歳の時に自動車輸入業(主にヨーロッパ)を始め、為替の差額を利用して他よりもとにかく安い価格設定で外車を売りまくる手法で会社を急成長させました。
南原さんの自動車販売会社は年商55億円をあげる企業にまで成長しました。
虎としての南原竜樹さん
虎としての南原さんについては、とにかく「クール」な対応だったのが印象的でした。
感情的になる社長が多い中で淡々と計画の不備を突いたり、見通しの甘さを指摘する事が多く、決して冷静だからと言って温厚という訳ではありませんでした。
堀之内さんや川原さんとは志願者への接し方を巡って頻繁に衝突していました。
クールを通り過ぎて冷たい印象がありましたが、志願者に対しては丁寧な対応でした。
ホームレスに転落するも現在はムキムキになって復活
出典:フィジーク・オンライン
2005年にイギリスのローバーが倒産した事が南原さんの会社に大打撃を与えました。
南原さんは大量の「ローバーの車の在庫」を持っていましたが、製造元が倒産して保証が無くなった事から価値が暴落して巨額の負債を抱える事になりました。
会社は倒産してしまい、貯金も無くなりカードも止められ六本木ヒルズの公園で野宿しますが、警備員から「私有地だから出て行ってください」と促されバス停のベンチで就寝。
その後は人材派遣業や不動産業で成功し、医療系アウトソーシングや飲食店も大成功させ会社も「LUFTホールディングス」に改称し社長に就任していました。
ちなみに、なぜムキムキのマッチョになったかと言えば仕事のテストだったそうです(笑)
少し前に流行ったライザップの先取りしたようなフィットネスジムを経営するにあたり、自分自身でトレーニングを試し、結果として宣伝効果も狙ったのかもしれませんね。
岩井良明(株式会社モノリス社長)
岩井 良明(いわい よしあき)さんは1960年3月13日に愛知県江南市で生まれました。
高校までは愛知で過ごし、大学は京都(同志社大学文学部)へ進み応援団に在籍しました。
大学を中退後はリクルートの営業マンを経て1989年に学習塾の”大志塾”を立ち上げ、1992年に「株式会社モノリス」を設立して社長に就任しました。
虎としての岩井良明さん
岩井さんは教育者らしく志願者の話を最後までしっかりと聞くのが特徴的でした。
他の社長の質問で答えに窮した志願者に助け舟を出したり、志願者のフォローをする丁寧な性格が印象的ですが、堀之内さんや川原さんとはよく衝突していました。
番組での出資については、通算で8組に資金提供したと本人が振り返っていました。
それとは別に裏話になりますが、当初は志願者で番組に応募したそうですが年齢制限で落とされるも、経歴を知ったスタッフから虎として出ませんか?と誘われたそうです(笑)
現在は「MONOLITH Japan」の社長
出典:Twitter.com
岩井さんは2007年に「株式会社MONOLITH Japan」を設立して社長に就任し、モノリスの方は家族(おそらく妻の岩井詠子さん)に社長の座を譲り会長へ退いていました。
新会社の「株式会社MONOLITH Japan」は直接的な教育よりも、塾や教育活動のサポートや広報を主な仕事とするコンサルティング系の会社でした。
今まで以上に幅広い分野で教育に携わる熱意が伝わってきますよね!
まさかのYouTuberデビュー!
2018年12月に入ってから岩井さんがYouTuberデビューしていました(笑)
主に岩井さんが気になる人物との面接(対談形式)のトーク番組の作りになっていました。
現時点で南原さんと川原さんがゲストとして登場していました。
貞廣一鑑(株式会社ラヴ代表取締役CEO)
貞廣 一鑑(さだひろ かずみ)さんは1963年に広島県で自衛官の息子として生まれました。
父の厳しい教育に嫌気がさして高校3年の時に家出をし、広島県内の飲食業界に携わります。
当時の勤め先が倒産したのをきっかけとして1993年1月27日に起業し、広島県で和食居酒屋やビストロ系の店舗を数店経営するまでの規模になりました。
2000年に東京や大阪にも出店し、2002年6月に「株式会社ラヴ」に名称変更しました。
穏やかな話し方からは想像が付きませんが、実は空手五段という武闘派でもありました。
虎としての貞廣一鑑さん
何よりもまず人柄に注目し、志願して来た人に対しても「わざわざこのような場」に出て来てくれた勇気に対して敬意を払う態度を示しています。
自身も4000万円の借金を背負った経験があり、その点からも事業内容や周囲の人への配慮に対しても細かく見る一方、厳しい教育を嫌うので威圧的な社長とはウマが合わない様子でした。
口下手な木工職人とのマネー成立でも人柄の良さが見られ、借金があった事についても「自分も借金があった、働いて返せば良いじゃないですか」と励ましていました。
謙虚で物腰が柔らかく、若者の視点から助言できる貴重なタイプでした。
現在は「商業藝術」の社長
貞廣さんは自身の会社名を「ラヴ」から「Jellyfish.株式会社」を経て2012年8月1日から「株式会社商業藝術」に改称しており、業務内容もブライダルや美容にも拡大していました。
2017年4月27日に「株式会社 ダイヤモンドダイニング」に会社が買収されましたが、現在も変わらず商業藝術の社長として忙しい日々を過ごしています。
社員330人とアルバイト2000人を雇用している大企業であり、起業後は大きな失敗が無く今も発展をし続けているのは貞廣さんの人柄が大きいのかもしれませんね。
印象に残った放送「フラワーアレンジメント」
花屋さんを開きたいと志願してきた女性の回が1番心が温まりました。
もちろん「マネーの虎」と言えば虎たちの激怒のイメージが強いですが、みなさんも怒りたくて怒っているわけではなく、あまりに酷い場合にのみ怒っているのです(笑)
この回は「マネーの虎」の本質的な部分である「支援を必要としている人を応援する」に合致しており、26分過ぎには堀之内・加藤両社長が思わず涙を堪える部分も。
実はこの案件、マネーは成立しましたがその後の動きが未だに確認されていないのです。
成立後に何か違反があったのか、もしくは心境的な変化があったのかは分かりませんが、円満に進んでいただけにファンの間でも不思議な事例だと話題になっていました。
虎たちのその後のまとめ
企業のトップというのはまさに「栄枯盛衰」であり、一夜にして大富豪からホームレスにまで転落する例があるほど厳しく過酷な世界であると改めて思いました。
それでもほぼ全ての虎たちがドン底から復活するだけでなく、過去の失敗をも自らの武器にして以前より一回り以上大きくなって帰って来ていました。
経営の才能以上に「諦めない」という精神的な強さが共通点だと思いました。
それ以外に注目する点では、驚く事に大学卒業などの高学歴の虎は少なく、どちらかと言えば貧しい環境で生まれ育った人が多いのも印象的でした。
頭で学ぶよりも体で仕事を覚え、それを身に着ける能力と改良して実行する能力に秀でている事が“起業家と従業員との大きな差”なのかもしれませんね。
恐らく今では「パワハラ」や「圧迫面接」と世論から叩かれそうな番組なので、出来れば変にマイルドになった続編などは作って欲しくないな・・と思いました(笑)
虎たちの厳しい指摘によってマネー成立しなかった人でも成功した人が居るようですし、指導方法については厳しいのも良い面と悪い面があると改めて思いました!
マネーの虎 成功者達(9名)の現在まとめ
もくじ 0.1 6.長谷部 文康さん (フランスロール)0.2 7.キムさん (キムチの移動販売)0.3 8.DJ-UTOさん (独自レーベルの設立)0.4 9.千代 敬司さん (ペット用品店)1 マネーの虎 成功者のまとめ 6.長谷部 文康さん (フランスロール) 出典:日本テレビ マネーの虎 長谷部 文康(はせべ ふみやす)さんは創作料理「フランスロール」を東京で売りたい夢を持って登場。 すで […]