安田久(エイチ・ワイ・ジャパン社長)
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安田 久(やすだ ひさし)さんは1962年7月15日に秋田県男鹿市で生まれました。
本人によると貧乏な家庭で生まれ育ち、大学進学を志すも3浪してしまい断念しました。
以後は飲食系のアルバイトなどを転々としながら経営ノウハウを学んで行き、1997年に「株式会社エイチワイジャパン」を設立し社長に就任しました。
監獄や遊郭といった変わったコンセプトのレストランをヒットさせていました。
虎としての安田久さん
虎としての安田さんは何よりも”利益を出せるか”についてこだわっていました。
試食が美味しかったとしても「経営が成り立つかどうか」を極めて重視し、志願者の人柄や国籍などについては特にこだわってはいない様子でした。
基本的に飲食関係の志願者に対して興味を強く示す傾向がありました。
現在はコンサルタントとして再出発
出典:外食虎塾
安田さんは2006年4月に株式公開を目指して「株式会社エイチワイシステム」を設立し、新たに「47都道府県47ブランド」という大きなキャンペーンを始めました。
これは全国各地の郷土料理をブランド化する目的であり、徳島県をテーマにしたレストラン「阿波おどり」が「外食アワード2010」を受賞していました!
しかし、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災の余波で会社は破産しました。
ところが安田さんの場合はある程度準備して破産処理をした部類らしく、他の社長達と比べても家財や資産についても余り失っていない様子でした。
現在はコンサルタントや次世代の経営者を応援する講演活動などを積極的に行っています。
吉川幸枝(よし川 社長)
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吉川 幸枝(よしかわ さちえ)さんは1935年9月21日に愛知県で生まれました。
驚く事に13人兄弟の末っ子だったそうで、5歳の頃に父親を亡くしたために家賃が払えなくなり、母子は家から追い出されてしまったそうです。
その後は母とふたりで布団や梅干しの壺をリヤカーに乗せて名古屋へ向かい、母と住み込みの仕事で働きながら高校に通って無事に卒業しました。
20代半ばで不動産会社の代表となった事も驚きですが、今では普通に使っている「マンション」という名称を付けたのは吉川さんでした(マンションはアメリカで豪邸の意味)
その後はレストラン経営やブライダル事業を幅広く手掛ける「よし川」を設立しました。
虎としての吉川幸枝さん
吉川さんは前述の安田さんとは正反対で「利益よりも人柄重視」を徹底しており、事業内容よりも自分や他の社長達とのやりとりや生い立ちで判断するタイプでした。
理想や夢を語る志願者を好み、理路整然とした志願者には余り関心を示しません。
その点から言えば「白黒がハッキリ」していて分かりやすいタイプの虎でした。
現在はますます事業を拡大
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吉川さんは現在も事業を拡張しており、名古屋市千種区の一角に「よし川ビレッジ」と呼ばれているレストラン街を経営し、他にも名古屋市内に複数のレストランを展開中です。
ブライダル事業の経営も順調で、むしろ放送時より事業規模は成長していました。
個性的なキャラを買われてバラエティー番組に出演する事も多々あるようでした!
上野健一(ノシアスグループ代表)
上野 健一(うえの けんいち)さんは1961年2月21日に沖縄県浦添市で生まれました。
最初はログハウスや建設機材の輸入販売だけでなく飲食関係などを手掛け、30歳手前で年商100億円のグループを作り上げる剛腕ぶりに注目が集まっていました。
不動産業の「ノシアス理想都・株式会社グループ」や株式会社「ZKR・全管連」の創業者であり、代表を務めていました(全管連とは分譲地の総合管理をする会社)
虎としての上野健一さん
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上野さんは志願者に対し、かなり高圧的な質問攻めをしたりするのが特徴でした。
志願者のプランや人間性を評価するものの、出資したことはほとんどありません。
あの堀之内さんよりも上野さんの方が出資していない印象があり、やりとりの高圧的な物言いも含めて評判はあまりよくありませんでした。
自身のHPや週刊誌「女性自身」で番組降板を発表し、2002年5月以降出演していません。
ZKRが破産後は僧侶として活動
2013年8月16日に民事再生法を申請し「ZKR・全管連」は破産しました。
負債総額は167億円にも上り、負債の多くがユーザーからの預り金であった事から多くのユーザーに対して経済的な損失を与える結果となってしまいました。
現在は上野 玄津(うえの げんしん)の名義で僧侶としても活動する一方、ZKRと同じ様な会社「KRGグループ」を設立し会長に就任していました。
会社経営だけでなく、宗教法人・千光寺の代表役員も務めていました。
文野直樹(イートアンド社長)
出典:毒女ニュース
文野直樹(ふみの なおき)さんは1959年11月29日に大阪府枚方市で生まれました。
大阪学院大学経営学部を中退後に父親が経営する「大阪王将」を引き継ぎ、フランチャイズシステムに日本古来の「のれん分け」を組み込む改革を行いました。
ボクシングやマラソンなどで体を鍛えるほどのスポーツ好きと言う一面もありました。
虎としての文野直樹さん
番組初期から登場していましたが、出資した様子は見られませんでした。
穏やかな物言いで志願者に一定の理解は示すものの自身は投資は行わないタイプだったので、もしかするとあまり投資意欲自体が無い虎だったのかもしれませんね。
2003年10月の番組リニューアル前に自ら降板した模様です。
現在はイートアンド株式会社の会長
出典:ベンチャータイムス
2002年10月に「大阪王将」から「イートアンド株式会社」に改称していました。
冷凍食品事業に参入し「大阪王将羽根つき餃子」などヒット作品を生み出し、現在では会社全体の売上高でも約半分が食料品販売にまで成長していました。
アジア各国へ出店するなど多国籍化も進め、更なる発展を目指しています。
現在は社長から会長へ退いていますが、未だ筆頭株主として影響力を保っています!
尾崎友俐(オリエンタル代表取締役CEO)
出典:レッツ起業
尾崎 友俐(おざき ゆり)さんは1968年2月18日に東京都で生まれました。
意外にも高校の時からヨット部に夢中になったらしく、洗足学園短期大学ではヨット部主将を務め第43回~第44回国民体育大会に代表として出場したそうです。
1995年からはバックパッカーとして世界一周旅行を経験し、アジアからヨーロッパまで約40の国と地域を放浪し、帰国後に炭火焼肉店を起業しました。
2001年にはBSEとアメリカ同時多発テロで輸入が滞って売上が30分の1になる大打撃を受けますが、急いで焼肉屋を焼き鳥屋に業態変更させて乗り越えたと言われています。
虎としての尾崎友俐さん
周囲の虎達と比較すると極めて穏やかで罵倒したりすることはありませんでした。
ただし、数字の見積もりには厳しい見方をするタイプの経営者で、一番多いのが「家賃や店舗などの初期費用が掛かり過ぎですよね」との指摘でした。
いきなり大きな店舗ではなく、身の丈に合った方法を模索するように指導していました。
現在は女性起業塾の塾長もしていた
尾崎さんは2006年に女性総合研究所を立ち上げ、女性を対象とした起業アカデミーを開催。
その後も講演活動などを積極的に行い、2017年にはトレンダーズ株式会社に託していた女性起業塾を引き継いで自らが塾長として携わっていました。
現在は直営店舗を全て売却し、コンサルティングとプロデュースに転職していました。
過去に離婚経験があると番組で語っていましたが、現在結婚しているのかは不明でした!