竹内まりや 2019年現在。TV露出なしの訳とは?「今夜はHearty Party」の裏話とは

「シングル・アゲイン」、「純愛ラプソディ」など多くの名曲をもつ「竹内まりや」さん。

TVなどのメディアではほとんど見ることのない彼女のこれまでの軌跡と現在について

まとめてみました。

竹内まりやの生い立ち

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「竹内 まりや(たけうち まりや )」さんは1955年3月20日に島根県簸川郡大社町(現在の出雲市)にある1877年創業の老舗旅館「竹野屋旅館」の三女として誕生します。兄妹はまりやさんを含めて6人になるそうです。

名前の由来としては父親が世界で通じるようにと考えていたことから名づけられたそうです。まさにその考え通り、高校在学中にはAFS(交換留学制度)でアメリカ・イリノイ州のハイスクールに留学した経験を持っています。

成績優秀だったまりやさんは高校卒業後、1974年に慶應義塾大学文学部の英文学科へ進学します。在学中には音楽サークル「リアル・マッコイズ」に所属しています。

杉真理さんのバンドに参加

そこでまりやさんはのちに歌手デビューするシンガーソングライターの杉真理さんが作ったバンド「ピープル」に参加します。キーボードとコーラスを担当し、ヤマハ主催のヤマハポピュラーソングコンテストの予選である関東・甲信越大会に参加しました。

歌手デビューで大学を中退

順風満帆の大学生活ではありましたが、4年生になり、慶應義塾大学文学部の中でも厳しいことで有名な唐須教光のゼミを選択。音楽活動との両立が難しくなり留年してしまいます。

その翌年には歌手デビューもあり、学業よりも夢を追いかけ、大学を中退したそうです。

デビューからの破竹の勢い。

竹内まりやさんの非凡な才能を世間は見逃さず、1978年11月25日にシングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム『BEGINNING』でデビューします。

翌年の1979年にはシングル「SEPTEMBER」で第21回日本レコード大賞新人賞獲得し、1980年発表の「不思議なピーチパイ」も大ヒットしました。

まりやさんには当初から加藤和彦さん、細野晴臣さん大貫妙子さん松本隆さんなど大物の作家さんが曲を提供してくれていました。

しかしそれでは満足できず、自らも作詞・作曲を手がけるようになっていきました。

 

山下達郎との結婚。

シンガーソング専業主婦になった竹内まりや

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自ら作詞・作曲を手がけるようになった竹内まりやさん。その頃に楽曲のアレンジャーとして出会ったのが山下達郎さんでした。

以前から山下達郎さんが所属していたシュガー・ベイブや達郎さん自身のライブを見に行く程のファンだったまりやさん。同じ事務所に所属していた二人は徐々に惹かれあい、1980年頃から同棲生活を始めました。

そして、1982年4月に山下達郎さんと結婚する運びとなります。なれそめとして、まりやさんは以下のように語っています。

「芸能人運動会みたいな番組に出て悩んで行き詰まったときに、いろいろと相談に乗ってくれたのが、結婚に至ったきっかけ」

引用:産経ニュース-竹内まりや感激!拓郎と初共演「アイドルでした」

プロポーズも「結婚しようか」くらいだったといいます。結婚以降はメディアへの露出はほとんどなくなり、その代わりに作詞家・作曲家として活動を開始します。

このころにまりやさんは達郎さんから通称である「シンガーソング専業主婦」を命名されたそうです。

しかし、2014年9月13日に放送されたTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に出演した際に自身で「専業」ではなく「兼業」であると突っ込みを入れていたそうです。笑

立て続けにヒット曲をリリース

結婚した年にRVCからアルファ・ムーンに移籍し、1984年にシングル「もう一度」、そして全曲を竹内自身が作詞・作曲したアルバム『VARIETY』を発表。同年、長女を出産します。

その後は家庭生活を優先の為、ライブ活動からも行わず、楽曲だけを定期的に発表する形になっていきました。

1987年からその後3年間のロングセールスを記録したアルバム『REQUEST』を皮切りに1989年の「シングル・アゲイン」1992年の「マンハッタン・キス」とヒットが続きます。

1994年発売の「純愛ラプソディ」は大ヒットを記録し、続くベスト・アルバム『Impressions』は売り上げ300万枚を超える記録を打ち立てました。

様々な歌手に提供してきた竹内まりやの作り出した名曲たち

作詞・作曲家として沢山の楽曲を提供してきた竹内まりやさん。一番最初に担当したのが1980年にアン・ルイスさんへの「リンダ」の提供です。

結婚後に初めて提供した河合奈保子さんの「けんかをやめて」、「Invitation」は立て続けに大ヒットしました。

他にも1984年に薬師丸ひろ子さんの「元気を出して」や1997年には広末涼子さんの「MajiでKoiする5秒前」、2016年の嵐「復活LOVE」(歌詞のみ)など多くのヒット作を生んでいます。

 

楽曲の印象としては、女性の何気ない日常を切りとった歌やちょっと危ない恋を題材にした曲などが多いとされています。しかし本人は不貞の関係は嫌だとを公言されています。

自身の楽曲へのゲストなども多く、2007年発表の「チャンスの前髪」ではサザンオールスターズの原由子さんがボーカルとして参加、2008年のドラマタイアップ曲であった「幸せのものさし」には主演の天海祐希さんがまりやさんの希望でコーラス参加をしています。

「今夜はHearty Party」の裏話

あと面白い話としてはクリスマスシーズンになるとよく耳にする1995年の「今夜はHearty Party」で当時たまたま観ていたフジテレビ系列ドラマ『あすなろ白書』からまりあさんは触発をうけます。

その影響で歌詞に「キムタク」のフレーズを入れたそうです。玉砕覚悟で木村拓哉さんにゲスト出演をオファーしたところ、なんと快諾!コーラスと冒頭、間奏の台詞に参加したという逸話があります。

まりやさんがメディアに出ない理由とは?

歌手として夢かなった竹内まりやさん。しかし時代はアイドルをもとめており、事務所もアイドル歌手のような活動をさせていました。

日本テレビ系の『TVジョッキー』に出演時、大口コンテストで一般人の口の中に大量のところてんを押し出す役を担当します。この時に「私はいったい何をやっているんだろう?」とテレビ出演の必要性を悩んだそうです。

上記のようなアイドル的な活動へのオファーと自身の希望する活動とのギャップに悩み、併せて過酷なスケジュールの中で喉を痛めたことが原因になり、結婚前の1981年に活動の整理をするために一時休業を宣言しました

その後はライブも徐々に数を減らしていきます。

やらない理由は、「子育てや家庭を優先するためで夫である山下達郎さんからの制限や遠慮などではないということをお話しされています。

以前のインタビューでも

へえ、そうですか。女性とか男性とか、年齢なども問わずに、またいろいろと書けたらいいですね。私はどちらかというとステージに出て歌うのがわりと苦手なタイプなので、達郎みたいに精力的にツアーをやったりはできないけど、レコーディングスタジオで緻密に歌を作り上げていったり、曲を書いたりしてる時間はすごく好きなんです。だからもし自分の声が使えなくなっても、ほかの歌手への曲提供はこれからもずっと続けていきたいなと思いますね。

[Power Push] 竹内まりや×クリス松村「Mariya’s Songbook」対談” 2014年5月29日-音楽ナタリー

とお話しており、どちらかというと作り手であることが一番しっくり来ているようです。

唯一、定期的に出演しているメディアとしてはJFN系列の『山下達郎のサンデー・ソングブック』になり、毎年の8月と12月の後半にある「夫婦放談」に出演しています。

 

精力的な音楽生活へ

母として仕事がひと段落し、音楽活動が活発となる竹内まりや

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2000年に約18年ぶり『TOKYO-FM&fm-osaka開局30周年記念イベント』でのコンサートを開催。山下達郎さんもバックメンバーとして参加し、最後には二人のデュエット曲「LET IT BE ME」も披露しました。

その後も2001年に『Bon Appetit!』、2003年にはカヴァーアルバム『Longtime Favorites』をリリースし、いずれもオリコンチャート1位を獲得します。

2006年は子育てが一段落したことではより積極的に新譜リリースを行い、2007年には6年ぶりにオリジナルアルバム『Denim』を発表。オリコンチャート1位入りを果たし、引き続き人気の高さを証明しました。

2007年に開催された野外ライブ『風に吹かれて』にはシークレットゲストとしてサプライズ登場。松たか子などの出演者とともに「元気を出して」を歌うなど精力的に活動の場を広げていきます。

デビュー30周年を迎え、新たなことにも挑戦

2008年は竹内まりやさんはデビュー30年を迎えました。

同年9月にはまりやさんの曲のみで構成されたミュージカル『本気でオンリーユー』が松浦亜弥さんの主演で上演されました。

新たな試みとしては竹内の故郷である島根県が舞台のNHK連続テレビ小説『だんだん』でナレーション担当します。また主題歌「縁の糸」と劇中歌「いのちの歌」をドラマに楽曲提供しました。

10月には今までの発表曲を集大成したべストアルバム『Expressions』が発売。東京国際フォーラムで開かれた作・編曲家林哲司さんの活動35周年記念のコンサートにサプライズゲストとして登場しました。

11月に『REQUEST』の30周年記念盤をリリースし、12月は老朽化などの理由から建て壊しが決まっていた大阪フェスティバルホールで最後となる山下達郎の公演に、「私も、フェスティバルホールにさよならをさせて欲しい」との気持ちからアンコールでサプライズゲスト出演を果たすなど、充実した一年となりました。

夫婦(山下達郎さんと)でライブコンサート活動

2008年12月に厚木市民文化会館で行われた山下達郎のコンサートで、達郎さん自身が「まりやのコンサートもこのメンバーでやる」との発言したことからまりやさんのライブへの本格復帰が期待されはじめます。

その言葉通り、2009年以降はライブへの出演が多くなり、4月17日、山下のコンサートツアー東京最終公演でもアンコールのサプライズゲスト出演

2010年の野外フェス『RINSING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO』に山下達郎さんのバックコーラスして全曲に参加。12月には10年ぶりの本格的なライブ『souvenir again』を日本武道館と大阪城ホールで開催しました。

結婚30周年(真珠婚)を迎えた2012年には山下達郎さんが出演した『SWEET LOVE SHOWER 2012』に山下が出演した際、スペシャルゲストとして登場しています。

故郷からのオファー。音楽賞の受賞など評価されていく竹内まりやの活動

デビュー35周年を迎えた2013年には出身地である島根県出雲市からの依頼を受け、出雲大社の60年に一度の大遷宮の為に故郷への想いを歌った「愛しきわが出雲」を楽曲提供し、出雲の市民コーラス隊とレコーディングをしています。

併せて記念企画で他アーティストへの提供楽曲を自ら監修・選曲を手がけた2枚組コンピレーション・アルバム『Mariya’s Songbook』を発売をしました。

「最優秀アルバム賞」を受賞

2014年にはアニバーサリイヤーのためのシングル「静かな伝説(レジェンド)」を桑田佳祐さん、原由子さん、山下達郎さんを加えた豪華な4人で楽曲制作を行い、9月は7年ぶりのアルバム「TRAD」をリリースします。

このアルバムはオリコンチャート2週連続で1位獲得し、その年の第56回日本レコード大賞で「最優秀アルバム賞」受賞しました。11月に『VARIETY』の30周年記念盤を発売。11月から12月にかけては1981年から実に33年ぶりの大型全国ツアー(6都市9公演)を行いました。

岩谷時子賞を受賞

翌年の2015年3月「愛しきわが出雲」の楽曲提供と地域への愛着醸成に貢献した功績から島根県出雲市から特別功労者として表彰を受けます。5月には 日本の音楽や芸術の発展・振興に寄与する岩谷時子音楽文化振興財団より岩谷時子賞受賞します。

竹内まりやさんの素晴らしい音楽が社会的に認められていることを象徴する出来事でした。

 

竹内まりやさんの現在は?

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家庭のことを優先しながらも音楽的高い評価をうけ、今もなお活動を続けている竹内まりやさんの現在はどうなっているのでしょうか?

2017年 実家の旅館のオーナーになる

2017年に入ってまりやさんにある騒動がおこります。

それは実家の竹野屋旅館が経営難に陥ったのです。廃業や同業者への売却を望まなかったまりやさんは改装費用を含めたリニューアルの資金出資します。

このことで旅館の事実上のオーナーとなりました。実際の経営はご兄弟がされておりますが、両親や兄弟への感謝の思いからこのような形となったようです。

2018年にデビュー40周年

2018年にデビュー40周年を迎えました。10月には記念シングル「小さな願い/今を生きよう」を発表。11月には初めてのファンミーティングが開催されました。

11月からはデビューアルバム『BEGINNING』の40周年記念リマスター盤を発売し、その後はRCA/RVC時代の作品をリマスターして、ボーナストラック付きで順次発売されることを報告しました

過去3度に渡って開催されたコンサートの模様を収めた記録『souvenir the movie~Mariya Takeuchi Theater Live~』を期間限定で映画館での上映するといったことも実施し、好評を得ました。

2019年 「ミラクル・ラブ」がドラマの主題歌に

2019年に入ってからは1991年に牧瀬里穂さんに提供した「Miracke Love」をセルフカバーした「ミラクル・ラブ」が、AbemaTVで配信される橋本環奈さん主演のドラマ「1ページの恋」の主題歌となり、2月18日より聞くことができます。

これに合わせてまりやさんもコメントを出しております。

【竹内まりや コメント】
’91年に牧瀬里穂さんに提供した「ミラクル・ラブ」のセルフカバーを、
新しいメディアである「AbemaTV」のドラマに採用していただき、とても光栄に思います。
「1ページの恋」の台本を読ませていただきましたが、橋本環奈さんのみずみずしいイメージに
ぴったりだと思いました。
恋への純粋なときめきや不安な想いを、この歌で一緒に分かち合えたら嬉しいです。

引用:竹内まりやオフィシャルウェブサイト

デビュー40周年を迎え、日本の国宝ともいえるシンガーソングライター山下達郎さんと共にまた素晴らしい音楽を竹内まりやさんには届けていただきたいですね。今後の活動も楽しみです。

竹内まりやオフィシャルウェブサイト

https://www.mariyat.co.jp/