野茂英雄の2016年現在

2017/01/20

プロ野球に入るまでの野茂英雄

中学校の頃、有名高校に入学しようとして関西の高校のセレクションを受けるもすべて不合格してしまったようです。

才能はいつ開花するかわかりませんね。

 

結果的に公立高校に入学して、2年生のころからエースとして活躍することになります。

そして甲子園全国大会の大阪代表を決める大阪大会の2回戦でなんと完全試合を達成。ちなみに甲子園には届きませんでしたが、地元では知る人ぞ知る存在となります。

 

結局、高校卒業後にプロにはいくことはなく、そのまま社会人野球で活躍することに。会社は新日鐵。

社会人になってフォークボールを取得すると、2年目には日本代表の選手に選ばれるほどに成長。

ソウルオリンピックでは銀メダルを日本がとりましたが、そこでも野茂は活躍しました。

 

そして、史上最多となる8球団での1位指名の末、近鉄バッファローズに入団が決定しました。

 

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鮮烈の1年目の活躍

8球団が競合したこともあり、プレッシャーのかかる1年目ですが、それでも動じませんでした。

1年間、先発投手として活躍したこともあり、とったタイトルは以下のとおり。

・最優秀防御率

・最多勝

・最高勝率

・最多奪三振

・年間MVP

・新人王

・ベストナイン

・沢村賞

もうこれだけですごいのに、これがプロ1年目の成績というのですから、どれほどの伝説的なプレイヤーだったのかわかると思います。

 

現在のような投高打低の時代ではありませんでしたが、防御率2点台を当然にやってのけるポーカーフェイスのスーパースターが誕生しました。

 

ただ、1994年に記録した1試合16与死四球は今後、抜かれる記録ではないと思いますが、制球に課題を抱えていたことは有名です。

 

 

大リーグでの活躍

1995年にメジャーリーグでプレイすることとなったが、野茂が31年ぶり2度目の日本人メジャーリーガーということもあり、年報はかなり低く設定されました。

近鉄時代は推定1億4000万円でしたが、ドジャース1年目の年俸は980万円・・・
それでもメジャーを目指す野茂の熱い心は計り知れないですね。

 

そして、野茂が思っていたとおり、素晴らしい活躍をします。

 

NOMOマニアと呼ばれるほどの活躍で、最多奪三振などを記録。サイヤング賞の候補者リストにも第4位に選出されるなど、億プレイヤーが犇めくメジャーリーグで980万円という年俸の野茂が混ざっているのはすごく異質でした。

 

2年目以降も大活躍。年俸は一気に跳ね上がって、3年間で4億円以上の契約をシーズン中に提示され、サインしました。

ファンの間では野茂のテーマソングができるなど、すごい現象まで起こっていました。

ちなみにデビュー戦から444回の投球で奪三振数が500回に達したのですが、これはメジャーの新記録です。これだけですごい選手ということがメジャーでも証明された形でしょうね。

 

 

引退とその後の野茂英雄

アメリカでの最後の成績が低調に終わった野茂は、楽天などからの打診があったものの「野球はまだやりたいけど、満足いく成績を残せない」として、引退を表明。

 

その後は球団は関係なく臨時コーチなどを務めていました。

 

さらにはテレビCMなどにもたまに出演していますね。

キリンのどごし生、ロト6などのCMは2013年から続いていたのでまだ記憶に新しい人もいるのではないでしょうか。

 

 

現在は何と!メジャーリーグで・・・

2013年に、引退して数年経ちますがメジャーで野球殿堂入りの候補としてノミネートされました。

残念ながら殿堂入りはなりませんでしたが、それでもアメリカと日本で活躍した功績が認められ、2015年に先駆者賞という賞を受賞しています。

 

現在はイチローやダルビッシュなど日本人メジャーリーガーは多くいますが、野茂のように先駆的にメジャーに行き、世界中でメジャーリーグを広めた功績は大きいですね。

 

そして、2016年2月、サンディエゴ・パドレスのアドバイザーに就任しました。

この役職は経営などの助言はもちろん、スカウトや投球のアドバイスなど、意見をする立場にある栄誉ある役職。

 

息子さんもアメリカと日本で通訳をしているし、国際的な活躍をしている野茂英雄ですが、野球関係のこれからについてももっと貢献してもらいたいですね。

 

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