小泉純一郎、6年間も総理大臣を務めた元政治家の現在

2017/01/20

小泉純一郎が総理大臣になるまで

1942年、神奈川県横須賀市に生まれた小泉純一郎。

高校までは地元の公立を出ていて、大学は慶応大学→ロンドン大学を出ています。

総理大臣の時に度々英語でスピーチしていましたが、日常英会話は十分に話せるレベルだそうです。

 

ロンドン大学に在籍したころ、27歳の時に実父の急死により帰国を決断します。

そして帰国後の数か月後には自民党公認で衆議院選挙に出馬するもあえなく落選。

 

28歳でのちに総理大臣となる福田赳夫の秘書を務めます。

30歳になるころには再び衆議院選挙に挑戦して、今度は見事当選。ここから小泉純一郎の政治家人生がスタートすることになりました。

 

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それからは衆議院議員選挙では負け知らず。

1979年、37歳という若さで大蔵政務次官に就任し、竹下内閣では1988年に40代にして厚生大臣に就任。

その後は郵政大臣も務めました。

 

総理大臣になるまでは、実は自民党総裁選に2度敗れています。

1度目は橋本龍太郎に敗れ、その次は小渕恵三に敗れています。

ご存じのとおり、1度目も2度目も自民党が与党となっていたため、橋本龍太郎に敗れた総裁選に勝っていれば53歳という若さで総理大臣になっていました。

 

しかし、3度目の正直で2001年、59歳のときに総裁選で勝利し、第87代内閣総理大臣に就任します。

 

 

 

総理大臣時代の主な政治活動

・靖国神社参拝

→靖国神社に参拝することは政治的に中韓にバッシングを浴びるとわかっていたんですが、小泉純一郎は参拝を公約に掲げていました。
総理大臣に就任した4か月後、実際に参拝して大きく報道されました。

 

・金正日総書記と面談

→北朝鮮に行って、金正日総書記と面談しました。力強く握手をする姿は今でも国民の記憶に新しいはず。
小泉純一郎以降、北朝鮮のトップと面談した総理大臣はおりません。

 

・郵政民営化

→競争力を高める目的で郵便局を国営から民営にしました。実際、日本郵政株式会社としてこのころから現在に至るまで生まれたサービスは数多くあり、小泉内閣の一番の功績であると言われています。

 

・89代まで内閣総理大臣を務める

→国民の支持率がとても大きく、3期にわたり内閣総理大臣を務めました。外交などの改革も含め、ここ数年の日本のトップとして一番評価された総理大臣と言われています。

 

 

 

小泉純一郎の元妻

1978年にお見合い結婚をして、現在俳優の孝太郎と現在衆議院議員の進次郎を残して離婚した小泉純一郎。

元妻の宮本佳代子さんは、2016年4月号で離婚についてなどを語っています。

 

離婚の原因などは明らかにされていませんが、結婚生活は5年だったそうで、3男を妊娠中に離婚をしたらしいです。

 

子供たちとの接点も現在もあるようですが、三男は小泉純一郎と偶に会う関係らしく、結婚式にも出席したそうです。復縁はまずあり得ないのですが家族は仲が良いようですね。

 

孝太郎も進次郎も有名人なので、テレビでもこの3兄弟のことは何度か伝えられています。

現在、それぞれが活躍しているので父親である小泉純一郎も鼻が高いのではないでしょうか。

 

 

 

現在は反原発活動を中心に政治的な運動をしている

小泉純一郎の現在と言えば、反原発として認識されています。

総理大臣の時代は、原発推進の立場でしたが、総理大臣をやめたら反原発に・・・

 

本人が言うところによると、「専門家の意見を信じていたから」。

・原発は安全

・コストはほかの電源に比べて一番安い

・CO2を出さないクリーンエネルギー

という3点は全てデタラメであることを、福島原発のメルトダウン事故後に勉強して痛感したそうです。

 

本人は総理大臣時代の自分を否定することになるという懸念から、反原発を訴えるのは多少の迷いがありました。

しかし、日本人のために自分が声を出して反原発を訴え続ける決意をしたそうです。

 

東京都知事選には細川元総理大臣を推し、まずは東京都から反原発の意思を示していこうとしましたが、落選。

原発推進派の安倍総理を痛烈批判するなど、現在は原発反対の運動をしている立場にあります。

 

最近では反原発に関連する講演などを行っているようです。

 

過去の総理大臣でもトップクラスの支持率があった政治家だけに今後の動向も注目されていますが、年齢も2017年で75歳になります。

またリーダーシップを発揮して多方面での活躍を期待したいですね。

 

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