二岡智宏(元・巨人、日ハム)の引退後の現在

2017/01/20

二岡の広陵高校・近畿大学時代

1976年生まれの二岡智宏は、実兄が甲子園(選抜)で優勝した広陵高校に同じように進みました。

 

あまり知られていないのですが、高校2年生の時に両親が二岡の試合を観に行く途中に事故に遭い、父親を亡くしています。

そんな困難もあり、実兄と同じように甲子園出場と優勝を目指しますが、高校三年生の時の夏は、現在も広島で活躍する新井貴浩のいた広島工業に敗れました。

 

当時、二岡は二番手ピッチャー兼サードを守っていて、プロからの誘いもあったものの大学に行くと決めていたため近畿大学に。

 

近畿大学入学後は1年生からレギュラー。

安打とホームランを量産して、のちに阪神に行く藤井彰人などのメンバーにも恵まれて大学日本一になりました。

大学時代は日本代表にも選ばれ、その後は当然、ドラフトの目玉となります。

 

広島と阪神、そして入団することとなる巨人から指名をもらいましたが、最初は広島に行くことを希望していたのに、いきなり巨人に鞍替えしてしまったため、このドラフト指名はいろいろな憶測を呼んでしまいました。

まぁ、それだけどの球団も欲しがる選手だったということです。

 

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二岡智宏の巨人時代

ルーキーイヤーから3割近い打率と20本近いホームランを打ちました。

当然このくらいの成績なら新人王となりそうですが、上原浩治がいたため残念。

 

翌年からは2年間、怪我に苦しむ時期がありましたが、プロ入り4年目にしてシーズン24本塁打を達成。

その翌年となる2003年は、キャリアハイとなるシーズン29本塁打!

とにかくコンスタントに安打と本塁打を積み重ね、きっちり送るところでは犠打を決めるし、チームにとって頼りになる選手でした。

 

あまりにも有名な話ですが、2006年4月30日。
1試合で2度の満塁ホームランを打っています。

しかも、その日は10打点。

 

1試合2回のグランドスラムも、1試合10打点も未だに破られていない日本記録です。

実力だけでなく、運も兼ね備えていなければいけないですからね。

 

 

山本モナとの不倫報道

2005年の12月に用稲千春アナウンサーと結婚した二岡ですが、

2008年に山本モナとの不倫が報道されました。

 

2人でホテルに入っていくところがカメラに収められてしまいましたが、肉体関係は否定。

それでも、法的には不倫と言われてしまいます。

 

この結果、山本モナも二岡も酷いバッシングを浴びることに。

 

巨人の「紳士たれ」という伝統を汚すこととなった二岡は、日ハムに移籍することになります。(不倫騒動が原因と言われませんでしたが、当時、選手会長を務めてた上に、一緒にトレード移籍した林昌範もスキャンダルがあったことから)

 

ちなみに、この報道があっても用稲アナとは離婚していません。

 

 

二岡智宏の日ハム時代

2013年を最後に引退することになるのですが、とにかく怪我に悩まされます。

手術も行ったりしていましたが、怪我はするし、打撃は良くても守備位置が主力メンバーと被るし、日ハム時代は出場機会にあまり恵まれませんでした。

 

それでも、交流戦で巨人からホームランを打って12球団全ての対戦相手からホームランを記録。

他にも代打満塁ホームランや、指名打者枠でオールスターに出場するなど、存在感はバッチリ。

 

2012年は3割5分以上の打率を残していますが、規定打席には到達しておらず、翌年にまた故障して、そのまま引退となりました。

 

引退後は北海道放送・日テレジータスの解説者を務めるなどして活躍しました。

 

 

現在の二岡は、巨人で打撃コーチ

2015年のシーズン終了後、2016年から2軍で打撃コーチをすることが巨人から発表されました。

巨人は二岡のスキャンダルがなければ、おそらく引退までいたであろう球団。

条件も環境も二岡にとっては良かったに違いありません。

 

日ハムに移籍したときは「背番号は巨人時代につけていた7以外の番号で」と、どういう意味か分からない要望を出していたそうですが、また巨人に戻りたいと思っていたのかと思います。

 

現在も二軍打撃コーチとして活躍する二岡。

今後は2軍の監督、そして1軍のコーチ、最終的には監督業までやってほしいくらいの実力を持っています。

 

巨人のサイトでも二岡の現在の情報が出ていたりするので、興味のある方はチェックしてみてくださいね。

 

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